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分厚い扉に遮断されて小さくなった音を背に、あやとゆいは息を切らす。みきはすでに気絶している。

あや「ハァッハァッハァッ………な、なんなのあれ………?あれも"歌"だというの…?」

駅で耳にした"歌"とはあまりにほど遠い。しかし、どこかしら共通するものがあるようにも感じられた。

ゆい「ぶ…仏像を……仏像を……」

ゆいが懐から小刀と木片を取り出し、いつものように像を彫ろうとし始めた。しかし轟音をあびた体は未だ震えがやまず、手付きもおぼつかない。ついには足がもつれ、その場に崩れ落ちそうになった。

??「おっと」

倒れ込みそうになったゆいの体を、何者かの手ががっしりと受け止めた。不覚を取ったことに気づき、ゆいと、傍らのあやは瞬時に正気を取り戻す。

??「おう?なんだよオネエチャン。ライブハウスで刃物とは穏やかじゃないぜぇ?」

黒い服に身を包んだ、細身で長身の男だった。

その喉元に、あやが忍者刀の切っ先を突きつけた。

あや「その手を離せ!」
??「うおぉ?コレ、刀?マジモンの?」
あや「貴様も"歌"の使い手か!?」

焦るあまりか、あやはあまりに迂闊に問いかけてしまった。男は一瞬目を丸くし、やがて考え込むように言う。

??「はぁー、歌ね……。まぁ、使い手といやあ使い手だけど」
ゆい「………!」
あや「…ちょうどいい……。その技の秘密。吐いてもらうぞ。いまここでな!」

あやとゆいの体に緊張が走った。男はふたりに対して、なだめるように言う。

??「まぁ待ちなって。なんかよくわからねえけどさ、そんなアブねえもん振り回されちゃあ、歌えるもんも歌えなくなっちまう」
ゆい「え……?」
??「生き死に関わるもんでもあるめえしさ。もうちょい気楽なノリでいこうよ」

その言葉は、あやとゆいの胸を突いた。先ほどの轟音よりも何倍も。

あや「生き死にに…かかわらない…?」
ゆい「気楽……な…?」

男は、呆然とするゆいの手から小刀を取り上げ、代わりに懐から取り出した何かをその手に取らせた。

??「一本やるよ。オレのマイマイク」
ゆい「まいく?」
??「歌いたいなら刀じゃなくて、こいつを振り回してみな」

そのとき、廊下の突き当たりの扉が開き、何者かが渋面を広げつつ出てきた。その顔を見て、男が声をかける。

??「おう、サトシ!わるいわるい。遅刻だわ」
サトシ「…もう何も言わないですよ、リキヤさん。いつものことですし」

リキヤと呼ばれた男は、ゆいの体から手を離し、扉で待つサトシの方へと歩いて行った。

あや「お、おい待てっ!」
リキヤ「わりー。そうもいかねえのよ出番前なんで。どうしてもオレの歌聞きたいなら、最後まで見てってよ。ウチのバンドがトリだからさ」

そう言い残して、リキヤとサトシは奥の部屋へと消えて行った。

あや「番頭……?鳥…?いったいなんのこと…?」

わからないことだらけだった。これまで暗殺術だと信じて正体を探ってきた秘術"歌"。だが、知ろうとすればするほど、謎が満ちて行くように思える。

ゆい「これ……」

ゆいは、手に残った"まいく"をじっと見つめて呟いた。

ゆい「御仏の姿に似てる…」
あや「…そ、そう?」
ゆい「あや…わたしたち…何か勘違いしていたのかも…」
あや「…………」

重い沈黙がふたりを襲ってからややあって、それまで床にうつ伏してしたみきがようやくフラフラと立ち上がった。

あや「みき!よかった、気がつい…」
みき「デース!!!!!!」
あや「へっ!!?」

みきはやにわにゆいから"まいく"を奪い、腹の底から叫び始めた。

みき「デース!デスデス!!マァース!!!」
ゆい「まずい!錯乱してるわ!」
あや「た、退却よっ!」

みきの体を無理矢理抱え上げ、あやとゆいは地下から飛び出して行った。

もやもやとした気持ちと、激しい耳鳴りも、一緒に抱え込みながら。


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問題の場所は、実に容易に見つかった。『駅』からも程近い大通り沿いにある、幾分古びた"びるぢんぐ"だった。

入り口を入ってすぐ、地下に向かう狭く暗い階段があった。薄汚い落書きがびっしりと書きなぐられているその壁には、みきが見つけてきた張り紙と同じも のが何枚も貼付けてある。

果たし合いの場所は、この地下室と見て間違いなかった。

あとは肝心の、使い手たちがこの場所にあらわれる時刻だ。くの一たちとしては、この場所に何日でも隠れ忍んで、それらしき者たちを待つ覚悟だったのだが、それは無用の気構えだった。その日の夕暮れ頃、どこからともなくひとり、またひとりと、異様な装束に身を包んだ男女がこの場所にやってきたのだ。

何色にも染め上げられた毒々しい髪の色、黒い皮の生地に鋲を打ち付けたかのような上下の衣服、例の解読できない忍び文字や面妖な絵柄が入れ墨として彫り込まれている肌…。そして何よりも、飢えた獣のような目をギラギラと光らせる殺気立った形相。

常人とは思えない。『駅』に集っていた若い衆たちとは、雰囲気からして違う。

あや「こっ…これは……間違いないわ!果たし合いよ!」
ゆい「ええ…。歴戦の暗殺者たちの立ち会いのもと、正々堂々とした決闘を今宵この場所で…ってわけね」
みき「か、帰っていい?ぶるぶる…」
あや「バカっ!なんとしても見届けるのよ!今度こそ"歌"の真髄がわかるってもんだわ!」

日も落ちる頃には、地下室はそうした連中で溢れかえることとなった。剣呑な空気が場を包む。物陰にまぎれているくの一たちも、ただ息を殺して様子をうかがうことしかできない。

唐突に、強烈な光の放射が、部屋の中の薄暗い闇を切り裂いた。

それと同時に、部屋の一角の、床の間のようにやや高くなっている壇上に煙幕が立ちこめ、四、五人ほどの男が現れた。一人がおもむろに、手にした道具に 自らの手を叩き付ける。あの張り紙に描かれていた忍具"ぎたあ"だ。

野獣の悲鳴のような歪んだ轟音が、地下室中に響き渡る。続けざまに、壇上中央の男が、身の丈ほどもある細長い棒を振りかざし、腹の底から叫んだ。

男「イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!」

それに応じるように場内の集団も叫び返す。

客「イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!」
男「デース!デスデス!!デェース!!!」
客「デース!」
男「マース!マスマス!!マァース!!!」
客「マース!」
男「ウィーアー、デスマスクラーブ!!!!」

刹那、壇上の男たちが一斉におのおのの忍具を操りだした。ある者は弦をはじき、あるものは細い木棒で筒を打ち鳴らし(あとで知ったが、"どらむ"と呼ばれる道具らしい)、建物自体を破壊するかのような大音量を放ちだす。地を這うような重低音、切り裂くような金属音、何もかもが恐ろしいほどの破壊力だ。

三人「……!………!………!!!!!!」

生来体感したことのない聴覚への衝撃に、くの一たちはなす術もなかった。両手で両耳を押さえるのが精一杯で、あとは全身を小刻みに痙攣させることしかできない。

あや「……………!」

あやが必死に口を動かし、そして戸口へと動いた。むろん声など聴こえるわけがない。しかし我々忍びの者には読唇の術がある。『いったん、外へ』という言葉を読み取ったゆいは、泡を吹かんばかりに前後不覚に陥っているみきをひっぱって、あやの後を追い地下室から廊下へと飛び出した。


後編へ続く

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卍 「シノビ塾」とは…
戦国の世から数百年続く”くの一”養成女学校。入学志望者激減のため、学校の存在をアピールして入学志願者を急増させなければならないという状況の中、生徒会役員三役の、「あや」「みき」「ゆい」に校長先生からの密命が!!くの一候補生達に下された、その密命とは一体…??
卍 「あや」プロフィール
「シノビ塾」"生徒会長"。今回の任務での首領格で、力強いリーダーシップを発揮してチームを引っ張る。ポジティブな性格。
卍 「みき」プロフィール
「シノビ塾」"生徒会副会長"。くの一らしからぬ天然キャラ。しばしば予想外の大ボケをかまして、ミッションを迷走させることも。控えめでナイーブな性格。
卍 「ゆい」プロフィール
「シノビ塾」"生徒会書記"。常にクールなしっかり者。幼少時は塾の東北分校(現在廃校)で修行していたため、まれに興奮すると東北訛りが出てくる。
卍 「梟」プロフィール
梟(ふくろう):この物語の語り部。「シノビ塾」校長より命を受け、3人の行動を影から見守り、学校へ報告しているお目付役。世情に通じたベテランの忍者で、ゆえに3人の世間知らずな行動に日々肝を冷やしている。
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