其ノ弐「くの一と駅」後編 ＣＡＴＥＧＯＲＹ : 其ノ弐（後編）

巨大な"びるぢんぐ"が立ち並ぶ都の中でも、『駅』は特に威容を誇る建造物だった。

城のような建物の周囲には、大きな広間のような庭が整備されており、戌の刻を過ぎても周囲に人の出入りは耐えることはない。

ゆい「ここで……"歌"が…？」
あや「こんなに人が多い中で技を曝すというの？いったい……」
みき「ねっ…ねえ、ふたりともっ！あれっ！」

突然みきが緊張した面持ちで、何かを指し示した。

あや・ゆい「えっ!?」

指差す先には小さな人だかりがあった。いや、良く見ればそこだけではない。この広い『駅』の庭の中には、いくつかの同じような人だかりができていた。そして、その中心には…必ず何か奇妙な道具を持った人間がひとり、あるいはふたりいるのだ。

見たことも無い道具だった。光沢のある、奇妙な曲線を有した木箱に、卒塔婆のような長い板切れを貼付けて、さらにその板に添って六本の鋼線を張っている。人だかりの中心にいる人間たちは、それを赤子を抱くように抱えつつ、右手を使って鋼線をかき鳴らし、何事かの文句を唱えはじめた。

刹那、くの一たちの背中に、衝撃が走った。

震える鋼線から発せられる響きは、例えようもないほど柔らかく、そして時には激しく心を揺さぶり、それに乗せて唱えられる、妙に音高が上下する詠唱は、優しく、甘く、胸に染みた。…もっとも詠唱の力には個人差があるようで、中には何も伝わらないどころか、聞くに耐えない騒音を発するだけの者もいるのだが、それも含めての衝撃だった。

あや、みき、ゆいは、生来初めてと呼んでもいいような、心地よい陶酔に包まれた。忍びとしてまったくもって不覚なことに、わずかな間とはいえ、我を忘れてしまったのだ。

…これが………"歌"………？

確かにこれが、くの一達にとって最初の"歌"との、ギターの音色との出会いだった。

最初に覚醒したのは、わずかに冷静さが残っていたゆいだった。

ゆい「……はっ！し、しまった。あや！みき！」
あや・みき「はっ！」

ゆいに肩を揺さぶられ、ようやく他のふたりも自分を取り戻し、そして瞬時に己の失態に恥じ入った。

みき「……うっそ〜…」
あや「な…なんてこと…。このあたし達が心の隙を取られるなんて…。くっ、自決しなければ！」
ゆい「はやまらないで、あや。まだ任務の途中よ。…しかし、これではっきりしたわね」
あや「え、ええ…。やっぱりあたし達の推測に間違いはなかった」
ゆい「秘術"歌"の正体…。それは万人の心を瞬時に掌握する、究極の察人術にして暗殺術…！」
みき「こっ…こわいね…」

息を飲むくの一達。しかし突如、何かに気づいたようにあやが顔をあげる。

あや「待って！それほどの秘術がなぜ、これだけ人目の多い場所でやすやすとさらされているの？」
みき「はっ…！」
ゆい「それも、術を繰り出しているのは、ひとりやふたりじゃないわ。ということは…！」
あや「ええ、間違いないわ。うかつだった。これほどの高等術が繰り出し合われる場所。ここは…」

三人の声が力強く揃った。

三人「戦場（いくさば）！」

それに呼応するかのように、その目にギラリと殺気が宿る。

あや「気を確かに持て、ふたりとも！殺らねば殺られるものと心得よっ！」
みき・ゆい「応！」
あや「シノビ塾生徒会、出陣！」

直後、『駅』のそこかしこで、幾発もの煙幕弾が炸裂した。

これがとんだ勘違いだったと気づくのは、まだまだ先のことである。


其ノ参（前編）に続く