其ノ弐「くの一と駅」前編 ＣＡＴＥＧＯＲＹ : 其ノ弐（前編）

くの一たちが都入りして最初の一日。

その日の貴奴等の動きは、忍びとしてはまあまあ及第点と言えよう。あやは校内一と称される脚力を活かして四方十里を走り抜き、主だった建造物や地形の特徴を徹底的に調べ上げ、ゆいも優秀な成績を修めている変装術を駆使してあちらこちらの人込みに紛れ、街の噂話や情報を収集した。みきは、長期の戦に備え、兵糧の確保に余念が無い。

こうしてくの一たちは、十日もあれば三度はこの都を落とせるほどの用意を備え上げた。

しかし"歌"については何の手掛かりもなかった。

あや「くっ…どういうことなの…？」

"びるぢんぐ"の狭間、目立たぬように仕立てられた即席の野営の中で、あやが唇を噛む。

あや「いかなる忍術も基本から遠くないはず。だからこそ、教科書を最初からおさらいしてみたというのに…。深いわ、"歌"…」

力無くうなだれたあやの手から、「たのしい暗殺」「１年の隠密」といった教科書群がこぼれ落ちる。その傍らで、無言で座っていたみきが、突然声を上げた。

みき「はあっ！」
あや「ど、どうしたの、みき!?」
みき「この麦、甘ーい！」

みきは、苦労して集めた兵糧の麦をつまみ食いしているところだった。

あや「アンタってば！あたしが真剣に悩んでるところを！」
みき「でもでもぉ、あやもちょっと食べてみてよ、ほら、あーん」
あや「だからそんな話じゃ…はむ…んぐんぐ…って、うそ、甘ーい！」

麦の詰まった小袋には"麦ちょこ"と書いてあった。聞かぬ銘柄だ。

ふたりが夢中になって食べているところに、三つ目の影が闇から音も無く現れた。

ゆい「…ただいま……って、ねぇ、ちょっといい？」
あや・みき「は、はい!?」

ゆいが声をひそめ、真に迫った調子で呟く。

ゆい「つかんだわ。"歌"の手がかり」
あや・みき「!!」

ゆいの地道な諜報作業が実を結んだ。都を飛び交う膨大な量の情報の中から、遂に"歌"に関するものを探り当てたのだ。

ゆい「複数の若い男女の会話から出てきた話題だから、たぶん間違い無いと思うわ。都では夜になると、どこからともなく"歌"を使う者が現れ、その腕を披露するというの」
あや「バカな!?隠密術である技を披露？信じられない…」
ゆい「わたしもそこは疑問に思ったわ。でもその真偽を問うのは後回しよ。現れる場所は…人によってまちまちらしいけど、多くは『駅』というところらしいわ」
あや「『駅』ね…。ちょっと待って」

あやが、日中に作り上げた手書きの地図を取り出す。

あや「あったわ。ここよ。かなり大きな館ね…。人の出入りも激しいようだわ」
ゆい「しかし夜ならば辺りも静かなはず。動くには好都合ね」
みき「よっし、いってみよっ！」

にわかに三人は意気込んだ。

…が、甘かった。"麦ちょこ"よりも。

その夜、勇んで野営を飛び出したくの一たちは、辺りを見回し愕然とした。

あや「な……なんなの、これ…？」

色とりどりの光が建物を飾り、余りの眩しさに夜空も霞んで見える。往来は人が減るどころか、逆にさらににぎわいを増しているように見え、まるで昼が終わり無く続いているようだ。

みき「しゅ、しゅしゅ〜…？」

あまりの光景に、みきは泡を吹いて卒倒せんばかりだ。

ゆい「…どうなってるの、都の夜って…？」
あや「…お、落ち着いてふたりとも！とにかく『駅』へ向かうわよ！」
みき「で、でも〜、星が見えなくて方角がわかんない〜！」
あや「こんだけ明るきゃカンケーあるか！行くわよ！」



（後編へ続く）

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